日常を大切にすることも終活|葬儀屋パパが感じた家族時間とありがとう

Cozy family dinner in warm ambiance
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はじめに

葬儀屋のお父さん。

気づけば、私はそんな立場になっていました。

仕事では、人の人生の終わりに立ち会います。
ご家族が涙を流される場面もあれば、静かに「ありがとう」と声をかけられる場面もあります。

葬儀の現場では、死は特別なものではありません。
もちろん軽く扱うものではありませんが、私たちにとっては、日々向き合う現実でもあります。

だからこそ、家庭に帰ったときの日常が、よりありがたく感じられることがあります。

子どもの声がすること。
家族でごはんを食べられること。
「ただいま」と言える相手がいること。
何気ない会話を交わせること。

その一つひとつは、当たり前のようでいて、決して当たり前ではありません。

終活というと、エンディングノートやお墓、葬儀の準備を思い浮かべる方が多いかもしれません。

でも私は、日常を大切にすることも、終活の一つだと思っています。

家族に感謝を伝えること。
今日の出来事を少しだけ覚えておくこと。
大切な人との時間を、雑に扱わないこと。

それは、未来のための準備であると同時に、今をちゃんと生きるための習慣でもあります。

この記事では、葬儀の現場で死と向き合いながら、家庭では父として過ごす中で感じた「日常」「家族時間」「ありがとう」についてまとめます。

Gratitude in everyday moments

この記事でわかること

この記事では、次のことがわかります。

・日常を大切にすることも終活といえる理由
・葬儀の現場で感じる「ありがとう」の重み
・家族との何気ない時間が、あとから大切な記憶になる理由
・後悔しないために、感謝を日常の中で伝える大切さ
・今日からできる、暮らしの中の終活

3行まとめ

葬儀の現場で死と向き合っていると、日常のありがたさに気づくことがあります。

家族との会話、食事、挨拶、感謝の言葉は、当たり前のようで当たり前ではありません。

終活は、死の準備だけでなく、今ある日常を大切にすることから始めてもいいのです。

死が日常にある仕事だから、日常のありがたさに気づく

葬儀の仕事をしていると、人生の終わりは決して遠いものではないと感じます。

年齢を重ねた方のお別れだけではありません。
突然のお別れに立ち会うこともあります。
ご家族が気持ちの整理もつかないまま、葬儀の打ち合わせをされる場面もあります。

その中で、よく耳にする言葉があります。

「もっと話しておけばよかった」
「ありがとうと言えていなかった」
「あのとき、もう少し優しくしておけばよかった」

もちろん、ご家族が悪いわけではありません。

人は、明日も同じように会えると思って生きています。
今日と同じ日常が、明日も続くと思って暮らしています。

でも、葬儀の現場では、その日常が突然終わることもあるのだと感じます。

だからこそ、私は家庭に帰ったときに、何気ない時間を以前より大切に感じるようになりました。

子どもが話しかけてくること。
家族で同じ部屋にいられること。
何でもないことで笑えること。
疲れて帰っても、「おかえり」と言ってもらえること。

それは、派手な幸せではありません。

けれど、あとから振り返ったときに、一番残るのはこういう時間なのかもしれません。

葬儀の現場で聞く「ありがとう」は重い

葬儀の場では、ご家族が故人様に向かって「ありがとう」と声をかけられることがあります。

その言葉は、とても短いです。

でも、そこには一緒に過ごした時間や、言えなかった思い、伝えきれなかった感謝が詰まっています。

祭壇に飾られた写真。
棺のそばに置かれた手紙。
故人様が大切にしていた品物。

ご家族が選ばれた一つひとつに、その人の人生がにじみます。

葬儀は、ただのお別れの場ではありません。

その人が生きてきた時間を、家族や親しい人たちがもう一度見つめ直す時間でもあります。

だから私は、感謝はできるだけ日常の中で伝えた方がいいと感じています。

最後の「ありがとう」は、とても大切です。
でも、本当は最後だけでなく、普段の暮らしの中で少しずつ伝えられた方がいい。

「ありがとう」
「助かった」
「いてくれてよかった」
「今日、一緒に過ごせてよかった」

きれいな言葉でなくても構いません。
短い一言でも、伝えた言葉は残ります。

家族との何気ない時間は、あとから意味を持つ

家庭では、息子が毎日元気いっぱいに過ごしています。

朝の「おはよう」。
帰ってきたときの「ただいま」。
寝る前の少し眠そうな顔。
一緒に食べるごはん。
何気なく交わす会話。

そのときは、本当に普通の日常です。

忙しい日には、こちらに余裕がなくて、つい強く言ってしまうこともあります。
思うように過ごせず、あとから反省する日もあります。

それでも、葬儀の仕事をしていると、こうした何気ない時間ほど、あとから大切な記憶になるのだと感じます。

ご遺族とお話ししていると、思い出として語られるのは、特別な旅行や大きなイベントだけではありません。

「よくこの場所に座っていました」
「この服、本人が気に入っていました」
「毎朝、同じ時間にコーヒーを飲んでいました」
「なんでもない日に撮った写真なんです」

そんな何気ない話の中に、その人らしさが見えることがあります。

人生を支えているのは、派手な出来事だけではありません。

むしろ、毎日の中にある小さな時間の積み重ねが、その人らしさを作っているのだと思います。

だから私は、日常を大切にすることも終活の一つだと感じています。

後悔しないために、感謝は日常の中で伝えておきたい

葬儀の現場では、「もっと言葉にしておけばよかった」という後悔に触れることがあります。

もちろん、毎日完璧に感謝を伝えられるわけではありません。

忙しい日もあります。
疲れている日もあります。
家族だからこそ、つい甘えてしまうこともあります。

それでも、私はできるだけ、妻や子どもに「いてくれてありがとう」と伝えていきたいと思っています。

何か特別なことをしてくれたから、ありがとう。
助けてくれたから、ありがとう。

それも大切です。

でも、本当はもっと手前にあると思います。

今日も家にいてくれること。
一緒にごはんを食べられること。
声を聞けること。
同じ時間を過ごせること。

それ自体が、すでにありがたいことなのだと思います。

葬儀の仕事をしていると、その当たり前が当たり前ではないと感じる場面があります。

だからこそ、日常の中で感謝を伝えることは、未来の後悔を少し減らしてくれるのだと思います。

「ありがとう」
「いてくれてうれしい」
「今日も一緒に過ごせてよかった」

短い言葉で十分です。

大げさな言葉でなくても、きれいな文章でなくてもいい。
伝えた言葉は、相手の中にも、自分の中にも残ります。

終活は、死ぬ前の準備だけではありません。

いつか言えなくなるかもしれない言葉を、今日のうちに伝えておくこと。
今そばにいる人を、当たり前にしすぎないこと。
家族との時間を、雑に扱わないこと。

それも、日常の中でできる終活の一つだと思います。

エンディングノートより前に、言葉にしておきたいことがある

終活と聞くと、エンディングノートを書くことを思い浮かべる方も多いと思います。

エンディングノートは、自分の希望や家族への思いを整理するために、とても役立つものです。

ただ、エンディングノートを書く前に、もっと日常の中でできることもあります。

それは、今そばにいる人へ、直接言葉を届けることです。

ノートに残す言葉も大切です。
でも、生きているうちに直接伝えられる言葉には、また別の力があります。

「いつもありがとう」
「助かっているよ」
「いてくれてうれしい」

こうした言葉は、特別な日にだけ言うものではないと思います。

もちろん、毎日きれいに伝えられるわけではありません。
家族だからこそ、照れくさいこともあります。
言い方が不器用になることもあります。

それでも、言わないまま過ぎていくより、少しでも言葉にしておく方がいい。

葬儀の現場で「ありがとう」という言葉に触れるたびに、私はそう感じます。

終活をもう少し具体的に始めたい方は、エンディングノートの書き方ガイドも参考にしてください。

日常を大切にすることは、家族への準備でもある

終活というと、どうしても「亡くなった後のための準備」と考えがちです。

もちろん、それは大切です。

葬儀の希望。
お墓のこと。
財産や保険のこと。
スマホや通帳、各種手続きのこと。

家族が困らないように整理しておくことは、残される人への思いやりです。

ただ、それだけが終活ではありません。

日常を大切にすることも、家族への準備になると思います。

一緒に過ごした時間。
普段交わしていた言葉。
何気ない会話。
笑った記憶。
感謝を伝えた記憶。

そうしたものも、家族の中に残ります。

葬儀の場で、ご家族が故人様の思い出を話されるとき、必ずしも大きな出来事ばかりが語られるわけではありません。

「よくここに座っていました」
「この服が好きでした」
「毎朝これを飲んでいました」
「こういう言い方をする人でした」

そんな小さな記憶の中に、その人らしさが見えることがあります。

だからこそ、日常を雑にしすぎないこと。
感謝を後回しにしすぎないこと。
家族との時間を、当たり前だと思いすぎないこと。

それは、自分のためでもあり、家族のためでもあります。

今日からできる、日常の中の終活

日常を大切にするといっても、大きなことをする必要はありません。

今日からできることは、本当に小さなことです。

・家族に「ありがとう」と一言伝える
・「いてくれてうれしい」と言葉にする
・一緒にごはんを食べる時間を少し大切にする
・子どもの話を、少しだけ最後まで聞く
・親や家族に、昔の話を一つ聞いてみる
・今日の出来事を一行だけメモしておく
・家族に伝えておきたいことを、少しずつ書き残す

どれも、特別な準備ではありません。

でも、こうした小さな行動の積み重ねが、未来の後悔を少し減らしてくれるのだと思います。

終活は、完璧に準備することだけが目的ではありません。

今そばにいる人を大切にすること。
伝えられるうちに、感謝を伝えること。
自分にとって何が大切なのかを、日常の中で見つめ直すこと。

それも、立派な終活の一つです。

まとめ|終活は、今ある日常を大切にすることから始めてもいい

葬儀屋のお父さん。

気づけば、私はそんな立場になっていました。

仕事では、人の人生の終わりに立ち会います。
家庭では、妻や子どもと日常を過ごしています。

その両方があるからこそ、感じることがあります。

死が日常にある仕事をしているからこそ、日常のありがたさが見える。
別れの場で「ありがとう」を聞くからこそ、今のうちに感謝を伝えたいと思う。
家族と過ごす何気ない時間が、いつか大切な記憶になるのだと感じる。

終活は、死ぬ前の準備だけではありません。

エンディングノートを書くこと。
葬儀やお墓について考えること。
もしもの時に家族が困らないように整理しておくこと。

それらも大切です。

でも、もっと手前にある終活もあります。

今日、家族に「ありがとう」と伝えること。
一緒に過ごせる時間を、少しだけ大切にすること。
今そばにいてくれる人を、当たり前にしすぎないこと。

それも、日常の中でできる終活だと思います。

大きな準備をいきなり始めなくても大丈夫です。

まずは今日、身近な人に一言だけでも感謝を伝えてみる。

「ありがとう」
「いてくれてうれしい」
「今日も一緒に過ごせてよかった」

その一言が、未来の後悔を少し減らす一歩になるかもしれません。

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